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2002年4月

2002年4月30日 (火)

~番外編~ Mちゃんの3週間バリ滞在記

皆さん、はじめまして。私が噂の(?)Mです。
4月9日から今日4月29日迄の3週間ここトランブランで
お世話になりました。
日本では仕事に生活に追われて何も考える余裕もないままバタバタと
飛行機に乗ってやって来たバリ。マデやmelati、ちょっぴり恥ずかしがりや
のスタッフ、そしてタガス村の温かい人々の笑顔や果てしなく広がる
田園風景に癒されながらすくすくと健やかにバリ人化していきました。
(特に食事面では地元の人より辛いものが食べれる位!)
私はここが大好きです。茜色に染まった雲の間から昇る太陽、
川の流れる音を聞きながら眺める青白い月、神秘的な伝統芸能。
それらは日本での忙しい毎日で忘れてしまいがちな大切なものを
たくさん思い出させてくれました。

そして何より自分の国や文化に誇りを持ち皆の幸せを神に願う
人々に触れる事で私も日本人として誇りを持って生きていきたいと
決心させてくれました。
(日本人らしいライフスタイルが送れるかどうかは疑問ですが。。)
私の人生においてもとても大切なとても貴重な3週間でした。

天晴れトランブラン!!愛してますバリ!!
滞在中お世話になったみーんなに心より感謝します。
ありがとう。トゥリマカシ バニャ。  M

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2002年4月27日 (土)

満月の日のバーベキュー

4月26日は満月(トランブラン)の日でした。
それはそれはとてもきれいな夜空で空気さえも青色ではないかと
思うくらい神秘的な感じでした。

友人のIさんの「夜空の下で満月を見ながら
バーベキューをしたら最高なんじゃないかな。」という提案で
TBコテージの庭で即実行することにしました。
市場で新鮮なお肉や野菜を買ってきて、昼から仕込みに入る。
Iさんも夫madeやスタッフと共に一緒に料理に加わってくださり
お肉を照り焼き風味や塩・レモン味に仕込んで日本の焼肉やさんの
味を皆に伝授してくださいました。
また夫madeやスタッフはご自慢のバリ料理をIさんに食べさせるんだと
張り切って料理していました。
えっ、私とMちゃん?もちろん「おいしそ~」と見ているだけでした。
こういう時は男の人の作る豪快な味の方がおいしいに決まっていると
いうことで・・・

夜になり皆で庭に集まりバーベキューパーティー開始。
ココナッツの皮を燃やして焼くバーベキューの味は絶品です。
満月の下で皆でワイワイ言いながら、輪になって食べました。
その頭上には明るい満月と星空、最高のロケーション!
輪になってケチャダンスに出てくる歌をうたったり、
Iさん対バリ人チームでマジックショーをしたりして楽しい時間を
すごしていたらあっという間に夜中になっていました。

Iさんのフレンドリーな優しさにスタッフも嬉しそうでした。
きっとスタッフにとっても忘れられない1日だっただろうなー。





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2002年4月24日 (水)

おいしい1日

4月23日、ガルンガン祭りを明日に控え朝からラワール料理を
夫のmadeとスタッフが作りました。バリの人はこのラワールが
大好きです。今日は豚肉を主にココナッツや長豆、にんにく
たくさんのバリの調味料であえて、なんと隠し味が豚の生血なのです。
これを入れないと味がピンとこないらしいです。
やはりおいしいんですよ、これが!

午後からはIさんとMちゃんと合流してジンバランのシフード
バーベキューを食べに行きました。Iさんとは7年前にバリで
初めて出会い今回縁があってまたバリで再会することができました。
出会った当時にクタでロブスターをおごちそうになったことがあり
Iさんの気前のよさに勝手に「金満さん」と呼ばせて頂いていました。
それで2度目の再会というのにまたまたロブスターをおごちそうになり
私は7年ぶりにロブスターを口にすることができました。
おいしい~と100回くらい叫びながら食べました。
ありがとうございます、「金満ロブスターさん。」

ジンバランビーチで海を見ながらシーフードを食べるのは
最高ですよ。お勧めでございます。

今日はおいしいものを沢山食べられた幸せな日でした。

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2002年4月22日 (月)

スタッフ・アレンの成長

もうすぐガルンガン祭りなので各家庭でペンジョール作りが
始まりました。
ペンジョールとは竹にバナナの葉や花などで飾り付けをしたものです。

「トランブランコテージ」のスタッフのアレンはガルンガン祭り
のため今日ロンボック島へ里帰りをしました。アレンは18才の
バリ人の男の子なのですが家族はバリ島の隣りの島の
ロンボックに住んでいます。
もともと「トランブランコテージ」の建設にあたった
大工だったのですが、とてもまじめで誠実な働き振りを見込んで
スタッフとして残ってもらいました。
アレンは大工一筋でしたので英語も日本語も全く話せず
他のスタッフに比べて語学面でかなり差がありました。

ある日、私のところに来てポケットからクシャクシャの紙を出し
「melati、ここに日本語とその意味のインドネシア語を書いてください。」と
言いに来ました。彼にやる気があるのならと私は1冊アレンのために
日本語学習ノートを作ってあげました。アレンはとても嬉しそうに
それを毎日持ち歩いて時間がある時は一生懸命覚えていました。
しかしアレンはかなりシャイで覚えた日本語を生かせない・・・
お客様が来られたときも他のスタッフの一番後ろに隠れるように
立っていて、しかも手が震えている、顔もひきつっている。
彼にはちょっときつい仕事だったカナと心配しているそんな頃、
お客様が観光で外出する時に背後からアレンの声で
「いってらっしゃいましょ~。」と聞こえてくるではないですか!
ちょっと間違ってはいますが彼が積極的に日本語を使ったぞ~。

私はアレンをほめまくりました。以前幼稚園の先生をしていた私は
ほめて伸ばすことはかなり得意分野!純粋なアレンだけに素直に
喜んでくれ次から次にアレンの口から出てくる日本語。
アレン、いつの間にそんなに日本語を覚えていたのかい?母ちゃんはとっても嬉しいよ
という気分でした。半年前までは全く日本語ができなかったのに
さすが18才の活発な脳みそは沢山の日本語をインプットしていました。
他のスタッフに比べたらもちろんまだまだですが
アレンのやる気と根性には拍手です。
いつまでもアレンの純粋さを残したまま成長していってほしいです。








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2002年4月17日 (水)

バリダンスは最高

ここウブドは芸術の村で毎晩いろいろな所で踊りを鑑賞できます。
結婚前は私も自分のお気に入りの舞踊団をよく観に行っていましたが
最近はずっとご無沙汰でした。
友達のMちゃんも来ているし、せっかくだからということで
今日は「グンタブアナ サリ」を観に行きました。
このグループは主に10歳から20歳の少年少女たちで構成され
Mちゃんと一緒に「あの人かわいい~!」とつぶやきあいながら
随分若いエキスを吸い取らせて頂きました。
少年少女といってもさすがプロで見ごたえが充分ありました。
Mちゃんなんかあまりにも感動して瞬きするのも忘れ
帰りには「目が乾燥して痛~い」と言っていました。
以前踊りが好きな友人がバリダンスを観るときは上手い下手とか
振りがどうのこうのということより、踊り手がどれだけ踊りに
気が入っているかで受ける感動が違うという奥の深いことを
言っていました。

そうそう、最近踊りのチケット代がどこも値上がりしているんですね。
「グンタブアナ サリ」は40,000ルピアになっていました。
でも、踊りを観た後は何ともいえない満足感でいっぱいでした。
バリに来られた方には是非この神秘的なバリダンスをご覧になって
頂きたいです。

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2002年4月14日 (日)

ニュピの過ごし方

13日はバリのサカ暦でいう新年ニュピでした。
日頃車が行き交っている道路に早朝出てみると
外出禁止になる時間まで
たくさんの子供たちが道路の真ん中で自転車に乗ったり
走り回ったりして日頃できないことを楽しんでいました。
そして、朝7時頃から皆家の中に入り外出禁止です。

何をして過ごそうかなと思っていたけれど
日本から遊びに来ている友達のMちゃんとひたすら
夜までしゃべりまくりあっという間にニュピの日が
終わったのでした。

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2002年4月13日 (土)

サカ暦ニュピ前日の賑わい

12日はバリのサカ暦でいう大晦日でした。
なんとなく朝からここタガス村も賑わっていて、皆嬉しそう。
「トランブランコテージ」でもラワールやペーサンというバリの
ごちそうを作りました。バリでは一般的にこういったお祭りごとの
料理は男の人が作ることが多く夫madeやスタッフもテキパキと
分担作業で作っていました。私や友達のMちゃんは「おいしい、おいしい。」
と食べるだけ・・でもほんとにおいしかった~。
夕方からは悪霊払いということでバンタン(お供え物)をした後に続き
スタッフやMちゃんも一緒に1列になって家やコテージの周りを
バンバンと金属のバケツや缶を木の棒で叩き音を出しながら1週しました。
悪霊が逃げていくように思いっきり大きな音をだして。
楽しんでいいのかどうか分からないけれど楽しかったわ~。

その後大通りまで出てオゴオゴを見物しました。
オゴオゴとは日本でいえばおみこしのようなものです。
そのオゴオゴを地域ごとに分かれてかつぎます。
これもまた悪霊払いという意味も
含まれているそうで、どのオゴオゴもこわーい顔をしていました。
しかしオゴオゴを作った村の人々は素人なのにどうしてこんなに皆さん上手
なのでしょう。やはりバリ人は皆芸術家なのかも・・・

夜は夜でまたまた悪霊払いであちこちで爆竹を鳴らしていました。
この爆音で悪霊を追い払おうということです。


ニュピ(新年)はこの逃げ回っている悪霊が外をウロウロしているそうなので
外に出てはいけないそうです。
さーて、何をしてすごそうかなぁ。。



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2002年4月10日 (水)

おめでたい日

早朝3時に電話が鳴る!こんな時間帯になる電話にはドキッと
させられます。何か悪い知らせでもあるんじゃないかって。
すると義理の弟からの電話で義理の妹ニョマンが無事出産した
というとてもめでたい知らせでした。

日が昇ってから私と夫madeもニョマンと赤ちゃんの顔を
見にデンパサールの病院へ・・
ニョマンは出産直後とは思えないほど元気で、すでに来ていた
お父さんやお母さんと楽しそうにおしゃべりしていました。
そして「陣痛から出産まで3時間もかかったんだよ。長いでしょ~」
と言うニョマン。え~どこが長いの~~?私の友人に陣痛で3日も
苦しんだうえ帝王切開になった人もいるのに。
とにかく安産で母子とも元気で良かった、良かった。

赤ちゃんは別の部屋に寝かされていました。4人の赤ちゃんが
スヤスヤと寝ていましたがどの子も同じ顔に見え、皆かわいい
おさるさんみたいでした。これは世界共通なんですね~。
もちろんニョマン夫婦にはパリン チャンティッ(一番かわいい)
とべたぼめしておきました。ヤァ、ヤァと納得するニョマン夫婦の
早速の親バカぶり、これもまた世界共通なんですね~。

夕方から友人Mちゃんの来バリのため空港までお迎えに行きました。
あ~、久しぶりの再会だぁ。嬉しいな。
空港でMちゃんに会い涙ぐんじゃった。。。
故郷の友達っていいなぁ。









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2002年4月 8日 (月)

パサール(市場)へは誰が買い物に行く?

うちの家庭は食事の買い物は夫のmadeの仕事です。
近所にウブドでは割と何でも揃っているちょっとした
スーパーがあるのですが野菜や肉はやはり市場(パサール)
の方が安いし新鮮。私は野菜や肉の相場の値段がわからないし
外国人ということで高めに値段を言われるだろうし、もちろん
まめに通えばある程度相場は分かってくるのだろうけど
面倒くさいし。

ってなわけで無理やりバリ人なんだからということで
パサールの買い物は夫の仕事にしました。
最初は「エーッ!男が食料の買い物~。」なんて渋々行って
いましたが今では「今日はこんなに安く手にはいったよ~。」
なんて言いながら喜んで帰ってきています。
ハハハうまくいったぞ~単純だね~、これでもうパサールへの
買い物は夫の仕事に決まったも同然。
これからもよろしくね~。

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2002年4月 6日 (土)

こんな日はスイカに限る!でも・・・

なんとも暑い1日だった。
そうだ!こんな日は庭になっているスイカちゃんを
食べるには丁度いいと1コいちばん大きいのをもぎって
スタッフや友達、近所の子まで呼んで食べることに。
結構みんなこのスイカを食べるのを楽しみにしていて
近所の子も「melatiはひとりでスイカを食べちゃうかなぁー」と
気になって気になって仕方がなかったよう。
はいはい、食いしん坊の私でもそこまでは致しません。
皆、期待を込めて甘いかなぁ~とスイカの切り口を見たところ
“まだ実が白いではないか”
ショック!
味のないスイカを皆で「そういえば、なんとなく甘い気がしない?」
「する、する。」なんて慰めあいながら食べました。
ちょっと気が早かったかなぁー。
いいもんね~、スイカちゃんはあと9コもなってるから~。。。


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2002年4月 3日 (水)

工事の人の嬉しい置き土産

ここ「TERANG BULAN COTTAGE’S」は昨年中はずっと建設に
あたっていたのですが完成するまでの苦労話をあげると
きりがないくらい。工事関係の人たちとの約束の期限なんて
あってないようなものだし、こうやって下さいとお願いしたことでも
ちょっと目を離すと全く違うことに変更しているし、
何度カッカッしてハラハラしてシクシクしたことか。
日本にいる母が電話で「あんた、あんまり思いつめて
体をこわしたらいかんよ。どうにかなるっちゃけん。」(博多弁)
と私を励ましてくれたんですが・・・・
いざその心の広いことを言っていた母がバリへ様子を見に来た時に
「何ね~これ!終わると~?大丈夫と~?どうなってんの?」
の連発で結局私と母とで2人でカッカッするはめに
なってしましました。
まぁ、いろんな思いをした分「TERANG BULAN COTTAGE’S」は
かわいいです、やはり。

で、その工事の人たちなのですがステキな置き土産をして
去ってくれました。
2週間ほど前にふっと庭を見ると植えた覚えのないスイカちゃんが
4コもなっていました。そういえば建設中に来ていたダガン
(頭の上に果物やバリ菓子を入れたカゴをのせて売り歩く)
のおばちゃんから
工事の人がよくスイカを買って食べていたっけ。
きっとその時プップッと口から飛ばした種が
そのまま育ったのでしょう。ラッキー!
それが数日前の木のウパチャラでお供え物をしてから、
どんどんスイカの実が増え今では10コ程なっています。
あ~楽しみ!早く大きくならないかなぁ。

工事の方々。心を込めてありがとう。


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2002年4月 1日 (月)

バリダンスでダイエット?

私は全然上手ではないんですがバリダンスが好きで
興味からバリダンスを4年前くらいから習い始めました。
習い始めた当初は夢中になってのめり込み
毎日毎日練習していましたが現在はその時教えてくれていた
先生も今は結婚して2児に母で忙しく、
私もこちらで生活を始めたので生活費を授業料にそんなにつぎ込め
ないしで練習は一時休止といった状態です。

それでも普通に生活していたらどうしても運動不足になってしまうし、
そういえばなんか最近お腹もでてきたような・・・ヤバイ!
ということで同じ福岡出身でこのHPも作ってくれた友達のMさんと
私の家の道を挟んだ向かいに住んでいる友達のRさんと集まって
週に1回ダイエットもかねてバリダンス好きの3人で踊りの
練習をすることにしました。あ~私達ってえらいわー。

練習の後、料理が得意なRさんが
「melati、カレー作ったから持って帰っていいよ。」と
分けてくれ家にうどんの乾麺があったのでカレーうどんにして
ズルズル食べました。あまりのおいしさに2杯も食べてしまい
こりゃダイエットにはならないよね~。
まっ、いいかぁ。


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