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2013年9月

2013年9月 4日 (水)

ありがとう、ブラン。また会おう!

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これは12年前の写真。

私とマデが結婚直前に住んでいた貸家のテラスで撮りました。
若い!マデも私も。
手にのっている猫と足にまとわりついている犬が
私の最愛の友達でもあり、家族でもあるトランとブラン。
すでにトランブランコテージという名前で宿をやる夢があった
私とマデがそこからそのまま取った名前です。

当時私はバリ島に移住してきたばかりで友人どころか知人もあまりおらず
寂しい思いを癒しにきてくれたトランとブラン。


猫のトランは8年前に他界。泣き崩れた日々が続きました。

その後犬のブランがずっと私の傍にいてくれました。
買い物に行く時も近所のワルンに行く時も
ダイエットの散歩にもどこにでもくっついてまわる自分でいうのも何ですが
私のことを大好きでいてくれる(心配してくれていたのかな。)ブラン。



そんなブランが老衰のため昨日、天へ召されました。12歳半でした。

半年前から後ろ足が急激に弱り
1か月前からほとんど歩けず右目も白内障でほとんど見えていないようでした。
そのうち排泄をもらすようになり、私がきれいにしてあげると申し訳なさそうに
こちらを見ていました。
確かに臭いですが、全然嫌ではなかったし
それは我が子の排泄処理をする感覚と全く一緒でした。
ブランに「大丈夫よ。気にしないで。私はブランが大好きだし家族でしょ。
だからもう少し一緒にいようね。」
そう声をかけていました。
それから日ごとに体力が弱り1週間前から体を起こすこともできないようになり
ご飯やお水を食べさせるようになりました。
ブランと一緒にいれる時間もそう長くないことを感じ、頭をさすりながら
一緒にたくさん話をしました。



今思うとブランが私に後悔させないように逝く前にたくさん世話をさせて
コミュニケーションを持たせ
別れの心構えができる時間を作ってくれているようでした。
そのくらい優しくかしこい犬なんです。
息絶え絶えに頑張っているブランを見て
私はもう、もう少し一緒にいようとは言いませんでした。
「私は大丈夫だからブランもう逝っていいよ。安心して逝っていいよ。」と
体を触りながら声をかけました。



ブランが天に出発する30分前にお水をあげ
次に様子を見に行ったときはブランはもう旅立っていました。
寂しいけれどこれでブランは肉体から解放されて楽になったと思ったら
「良かったね。ブラン。これで自由に走り回れるね。」という第一声が出ました。



ブランは私たち家族がこの土地の守り木と信じている
木の下に埋めました。

私はスタッフや子供の前でもなりふり構わず思い切り泣きました。


夫マデも涙をこらえているのが私には分かりました。
マデは聖水できれいにブランの体を洗ってあげ、たくさんの花やご飯、
チャナンやコインを添えてブランを埋めてくれました。

ブランとの別れ。
それは私のバリ生活第一章が終わったような感覚です。



あなたのいない第2章の生活がはじまっています。
見ていて下さい。もっともっと輝きます。
空からブランがすぐに私たちを見つけてくれるほどキラキラと。
そう強く思わせてくれるのはあなたのおかげであなたと一緒に生きた証。



ありがとう、ブラン。
また上で会おうね。

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2013年9月 1日 (日)

時々は

只今バリ島はお葬式シーズンであちこちからバレガンジュールの音が
聴こえてきます。

私が住んでいるテガス村も今日はお葬式で夫マデは朝から参加しに行っています。
「今日は仕事で忙しいから参加できません。」とかそういうのは一家の主という
立場ともなるともってのほかです。
同時にどんなに忙しくてもスタッフからウパチャラ(祭礼行事)で休暇願を言われると
OKを出しています。
村組織で生きているバリ島、そのつながりの強さは日本ではあまり見られないと思います。
夫マデは今私たちが住んでいる村の出身ではないので(実家はまた別の村)
余計にこの村の人には気を使っているのが分かります。



夫マデは言います。
この村の人たちが僕たち家族にも、道ですれ違うトランブランコテージのお客様にも
笑顔を向けてくれるのはこの村の人たちが僕たちを受け入れてくれている証拠だよと。

なるほどなぁ。そうだよなぁ。
ここで生きていくには傲慢になり過ぎず(自分の価値観で判断しすぎないこと。)
時々自分を戒めることも必要。
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バリで生きているんだな、私。
ありがとう。

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